老害の芽
メモ代わり
”老害”と呼ばれる人は寂しい人、かわいそうな人であると思った。
よく聞く、「俺が若いころはな」と若者に説教する人の周りには、普段同じ年代の者がきっといない。普段から近くに共感しあえるものがいないから、自分の時代が過ぎ去ったこと寂しさを感じても、それを人に伝えて一緒に懐かしむことができないから、その寂しさと怒りとやるせなさを”老害”として近くにいる者にぶつける。
私は老害とは無縁だと思っていたけど、妻と家で話をしていて自分の中に老害の芽があることに気づいた。「最近の小学生はドラマを見ない。やれTikTokだYouTubeだ…」と言ったところで、自分が「やれ」という言葉を使ったことに驚き、そこに”老害”を感じた。
職場では周りに子どもが多く、子どもたちの好きなものを聞くとYouTuberやTikTokで流行っていると思われる曲の名前が出てくる。そこに私の若いころに人気だった有名人や曲の名前はない。時が刻一刻と過ぎ去っていることや孤独感から寂しさを感じる。きっとこの寂しさや孤独感を栄養に老害の芽は育つ。
”老害”には、「分かるわ~懐かしい!!」と共感してくれる人が近くにいると良い。
私を殺させるのも本能
朝の所さんの番組(寝起きだったけどたしかそうだった)でやっていたミツバチの特集で、ミツバチは自分のことを仲間に殺させることがあるらしい。
ミツバチは「分蜂」といって、女王バチが働きバチを引き連れて巣を出ていく。女王バチが育つたびにそうやって働きバチが引き抜かれていくので、巣に残された蜂たちの勢力は小さくなる。
そこで、もうこれ以上減ったら巣全体がまずいぞとなると、女王バチになるハチとして繭のなかで育てられているハチが音を出して(クワッキング)自分の居場所を仲間に知らせる。
そうすると仲間がやってきて、自分の眠っている繭を横からかじってこじ開け、自分を刺し殺してくれるというわけだ。
自分が女王になることで巣全体の勢力が小さくなるくらいなら、仲間がより安全に増えること、今いる女王がたくさん仲間を引き連れていけることを選ぶ。
それがプログラミングされていて本能的にそんな行動をとる。
人間なら自分を犠牲になんてなかなか考えられない。隣の家の人が食べ物に困るなら、私が食べることを我慢するとか、そんなことはしない。
仲間に自分を殺させるのも本能。本能ってすごいけど怖い。
もみあげ is nature.
20年ぶりくらいに床屋に行った。保育園の頃か小学生低学年くらいまでは父親が髪を切りに行っている床屋に連れていかれて髪を切ってもらっていた。
床屋の特徴はまゆ毛、ひげ、顔の産毛も剃って整えてくれるところだ(ということを今日思い出した)。
私も今日はそのサービスを受けてきた。髪の毛のカットが終わった後、「毛、剃りますね」とスタッフから告げられ、イスが後ろに倒され仰向けの姿勢になる。目を開けておくのもなんだか恥ずかしいしどこを見ていいのか分からないので、目を閉じる。するとタオルと思われる物を口の周りにかぶせられてから、茶道のお茶をたてる時に使われるような刷毛(はけ)で顔に暖かいクリームのようなものを塗ったくられた。
ああ、こんな感じにお父さんもされてたなと目をつむった状態で懐かしんでいると、
「ーーーーーよろしいですか?」
何を言っているのか聞き取れなかった。「もう一度いいですか?」と言ったつもりが、絶賛のどが病んでいたので、
「ーーーーーーーですか??(ゴボガラゴボ)」
と痰が絡み、スタッフは語尾も聞き取れたか怪しいほどの不明瞭さに。
咳払いをしようとするが仰向けの姿勢であることもあってうまく払えそうにない。心の中で迷っていると、スタッフが「かしこまりました」と言うではないか。
この人は何を承諾したのだろうかと腹が立った。一体私がどんな注文をしたと思っているのだろうか。
何かをかしこまったらしい店員はすぐにまゆ毛周辺を剃り始めた。「全部剃っちゃってください!」という注文だと勘違いしていたら全部まゆげがなくなって不良の高校生みたいになっちゃうなとか思ったけど、そんなくだらないことを考えている間に剃り剃りタイムは終わり、ひげ剃りのフェーズに入った。
ひげのフェーズが終わり、イスを起こされ目を開けると、鏡にはちゃんとまゆ毛の生えている私が映っていた安心した。やっと終わった、早く帰りたい、怖いと思っていると、今度は顔のサイドを剃るという。すると店員が尋ねてきた。
「もみあげは自然ですか?」
「???!」
自然とは?山川海とかの自然?つまりnature?
ん?もみあげの自然カットというオプショ??そういう注文方法があるのか?テクノカット的な?ツーブロック的な?
「自然? ……はい、自然です。」
と、今度は痰が絡まずにはっきりと答えられた。しかし問題はそこではない。たぶん、「自然な長さ」「切り揃えない、つまりパッツンでない」という意味だろうと解釈し、答えた。
もみあげは自然ではないです。しかし、私という人間もこの地球に生きる生物の一種でしかなく、地球から見れば私は70億いる”人間”のうちの一匹にすぎない。つまり私は自然。そしてその私の体の一部であるもみあげも間違いなく自然である。
とか、そういうこと?
疲れた。あと20年くらいは美容室に行きたいな。
ねりけしが欲しい
今も昔も、ねりけしは小学生の心をつかんで止まない。
教師の話や授業の内容もそっちのけで、無駄な線や模様なんかを描いては消し、描いては消し…を繰り返す。そうしていくうちに最初はアリほどのサイズだった消しカスがぶくぶくと太っていき、一日が終わるころにはビー玉ほどのサイズになっていたりする。大きいことこそ正義と言わんばかりにカスを太らせていくその熱意はいったいどこから湧いて出てくるのだろうかと、今思えば不思議でならない。
子どもたちにとっては色や匂いもねりけしの査定に使われる大切な要素である。黒や灰色以外の消しカスはやはり目を引くし、甘い匂いがする消しカスは、やはり嗅ぐとスイーツを食べたときのことを思い出し幸せな気持ちにしてくれる。だから特別な色、特別な臭いのねりけしを持っている子は、それだけで注目の的、スターであった。
私も例に漏れずより価値のあるねりけしを探し求める者の一人であった。
しかし、小さい頃から遠慮しがちな子どもだったからか、あるいは「そんな物ほしの?」と笑われるのが嫌だったのか、親にはねりけしを買ってほしいなどと言えなかった。お小遣い制という制度がなかった我が家において、私は自分の小遣いで買うこともできなかった。
ではどうするかというと、自分で作るか、人からもらうか、拾うことしか選択肢になかった。
自分で作ることは容易であった。授業のとき、宿題をやっているときに出た消しカスをとっておき、筆箱の中に潜ませているカスの塊と融合させていく。そうすることでどんどん大きくなっていき、理論上いくらでも大きなねりけしを作ることができた。だが自分で作ったねりけしは私を満足させてくれなかった。自分で作ったねりけしからはよい匂いがしない。チョコレートだとか、バニラだとか、バナナだとか、ああいった甘いいいかおりはそこからはしなかった。色にも何の面白みもない。これはゴミだと分かる色をしていた。
では人からもらおうか。そんな自分の負けを認めるようなことはできなかった。友達からもらったねりけしには、その友達のねりけしの価値に同等、あるいはそれ以下の価値しかない。そんなものを持っていてもなにも嬉しくない、と思った。
残るは「拾う」しかない。当時はみんなねりけしをねりけしと分からぬように学校に持ってきていて、休み時間などにそれで遊んだりするので、時折床や机の上にはねりけしの残骸が存在していた。それを集めて一般ねりけしや他の残骸とくっつけることで、キメラねりけしが生まれる。このキメラは歪な色をしていて美しいとは言えない。匂いについては良くなるどころか、変に混ざって臭くなったりすることさえある。しかし、一般的なねりけしを持つ一般人になるよりは、キメラを作りあげることで一般人の枠からから逸しようとしていた。
ある日のことである。私は当時学童に通っていたが、その日学童に行くと水道の前にないかが落ちている。シャーペンンのノック部分についている消しゴムほどの大きさの茶色い塊が落ちていた。これはしめたぞと思った。チョコレートの匂いに違いない。他の誰かが気付かぬうちに拾い上げ、持ち主が現れぬうちに筆箱の中の仲間と融合させ、匂いのステータスをあげよう。そう思ってかたまりにサッと近づき、しゃがみ、そして親指と人差し指と中指とでそれを力いっぱいつまんだ。
クチュ
うんこであった。それは、うんこであった。
感触がねりけしとはまた違った。水分を含んでいて、力を入れると簡単に形を変えていく。クチュチュと指と指の間を満たしていく。
うんこであった。それはうんこであった。
ねりけしでは嗅いだことのない匂いだった。まぎれもなく糞の匂いであった。キメラを一瞬で糞の匂いに変えてしまう、ある意味ものすごいポテンシャルを持っていた。
私はこの日を境により良いねりけしを求める冒険を終わらせた。一気に熱が冷めた。
糞と出会う前に、どうか子どもたちよ、ねりけしから卒業してくれ。
お話はこれでおしまい
地元の商店街が瀕死状態だ。そこには中学時代にテニスシューズを買っていたお店がある。弟の友だちのお父さんの店だ。
最近ランニングシューズを買ったのだが、そういえばあの靴屋さんは繁盛しているのだろうかと、ふと気になった。私の場合ランニングシューズはチェーン店で買ったのだが、小さな地元の店は大型の店舗の影に消えてしまいそうになっていないだろうか。
地元のその靴屋は小さい店ではあるが、スポーツ用品店がない我が地元においてはなくてはならない店であった。多くの町民にとってもそうだったはずだ。品揃えどうこうじゃなくて、町のあの交差点に店があって、店に入ると店主のあのお父さんがいて、滞在時間の8割を(親との)世間話に割きながらも最善の靴を選んでくれる、そんなことが当たり前になっていた。暖かくゆっくりと流れる大切な時間だったのだろうと、今では想像できる。
その靴屋は今でも営業していると思う。でも、その靴屋がある商店街は廃れていっている。誰かにとって、そこにあることが当たり前だった店が、消えてゆく。
お世話になっていた店、通っていた店がなくなるとなぜ寂しいのか。最近は全く訪れていないし、なくなったとしても今の生活がガラッと変わるわけでもない。なのに寂しいのはなぜか。
きっとそのお店と自分との間にある物語の終わりがそこで確定し締めくくられてしまうからだ。もしかしたらまたそのお店を訪れることで続編が書かれていたのかもしれないのに―例の靴屋でいえば「まだテニスやってるの?」とか「弟くん元気?」とか「ランニングやりたいの?フィッティングしてきな」とかそういうやりとり―その可能性が0になる。小さな子が親や先生から「お話はこれでおしまい」と読み聞かせを切り上げられてしまうような感覚だろうか、それが寂しい。
地元民に愛されるすべての店よ、救ってあげられるほどの経済力はないけど、永遠なれ。